Mallorca1

3月21日夕方から2泊3日でマヨルカ島へ行ってきました。
夫の2学期期末試験が終了し、木・金が休みだったのです。

旅行は久しぶりだなぁ。。と思って考えたら、去年のイースター以来初めての旅行でした☆
夏休みはロンドンからバルセロナへの必死の移動で終わってしまったし、夫の学校が始まってからは毎日を生き抜くので精一杯な感じだったし、冬休みは日本に一時帰国したし。

昼間はかなり暖かくなって、時に汗ばむこともあるくらいですが、出発のこの日は珍しく朝から雨でした。
しかも結構な降りで。

バルセロナから飛行機で50分。
実際飛んでる時間は30分程度でしょうか。

天候が悪かったせいと、小さな飛行機だったせいで、飛び立った直後はかなり揺れました。
で、ようやくシートベルトサインが消えて、何か飲み物でも~。。
と思った頃に、「機長からあと15分で着陸!」っていう放送が入りました。

ほんとにあっという間で到着!
ラク~☆

今回はレンタカーを借りました。
有名な洞窟に行きたかったし、ゴチャゴチャしたパルマの海よりも、広々した海の近くがいいかな、と思って。

レンタカーの手続きを終えて、出発したのが午後6時50分ごろ。
そこから予定では1時間ちょっとで着くはずでした。

が、頼りのナビ(TomTom)が使えない。。

パルマ・デ・マヨルカ(州都)のような大きな場所は対応してるのですが、島の外れまでは全くダメ。
日も暮れてしまい、高速道路とはいえども街灯がなくて真っ暗だし、車も少ないし。。

そうそう、それに、いつもは右ハンドルの車に乗っているのだけど、レンタカーは左ハンドルなので、慣れないせいで緊張感あったし。。

行き先がわからず周りは見えず、どっちの方向に進んでいるのかすらわからず。。
かなり心細かった。。><

さすがに、いったん車を止め、携帯でマップを見たり、レンタカー屋でもらった島全体の地図と比べたり、
何しろ自分たちがいる場所がどこなのかわからなくなっていたので、ヤバイなぁ~と思っていました。

そうこうしていたら、ガラスをコンコンと叩く人が。
たばこを吸いながらだったけど "?Todo bien?"(大丈夫?)
と聞いてくれた!

とりあえず今いる場所を聞くと、目的地から割と近くにいることが発覚。

で、その人がそこまでの道を説明してくれようとしたのだけど、ちょっと複雑らしく、
私たちのスペイン語に限界があり、彼の英語にも限界があったので、

「そこに(自分の)車があって、途中まで案内するから、後ろから付いておいで」
って言ってくれたんです♪
吸っていたタバコを消し、小走りで自分の車に向かって行きました。

なんてご親切~❤

そこから車で5分くらいだったかなぁ、分岐のところで車を止め、車から下りて私たちの方に歩み寄ってきてくれ、「あの道を曲がって○○mくらい先に看板があるはずだからそこを左に曲がって、後は案内に従えばいいよ」と教えてくれました。

そこまで目印になるもの、案内表示がなかったので絶対わからなかったと思います。
本当に感謝☆
私たちにとってまさに救世主でした☆

こんなに優しい人がいるなんて、マヨルカって素敵^^
とても幸せな気分になりました。


で、目的の村まで着いたはいいけれど、今度はホテルが見つからない。。

途中のレストランでおじいちゃんに聞いて、教えてもらった通りにいったら、海に出て行き止まり。
仕方がないので、近くのホテルで聞いて、ようやくたどり着けました。

ホテルに着いたのが8時50分。
チェックインしようとしたら、
「レストランが9時までだから、手続きは後にしてとりあえず急いで食べてきて!」
と言われました。

2食付きのプランにしてあったので、そういう流れになったのだけど、
スペインなのに9時に閉まるってどういうこと?!?

バルセロナでは夕食は9時とか10時くらいから食べ始めるというのに。。

バイキング形式だったので、何だかよくわからないまま、慌てて取って食べて。
ちょっと疲れた。。

どんどん片付けていくし、電気はだんだん消されるし。。


食べ終わり、再びフロントに戻った時、なんでそんなに早く終わるの!?
と聞いたら、「ここは東の方だから、、」みたいなことを言っていました。
ヨーロッパ大陸の習慣を採用してるってこと!?

ところで、マヨルカはドイツ人観光客がわんさかいます。
ホテルでもドイツ人団体客でいっぱい。
(高齢の方々が多かった)

英語よりドイツ語が強いらしい。

レストランでも
「スペイン語話せる?」-私:「ちょっとだけ」
「じゃあドイツ語は?」
と聞かれました。
(「英語は?」とは聞かれず)


食事をしている間に荷物は部屋に運んでくれたとのこと。
身軽な状態で部屋に入ると、知らない人のリュックが。
そして、私たちのリュックがない。。

すぐにフロントへ電話。
数分後に他の部屋から無事リュックが戻ってきました。


で、そのまま爆睡。
夜中2時に目が覚め、それからシャワー浴びて、歯磨きして、再び寝ました。

なんだか疲れたなぁ~。。
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by miepoohsuke2 | 2012-03-29 22:17 | 旅行(Travel)

Horario de Verano (Summer Time)

今日、3月25日(日)から夏時間が始まりました!

朝起きて、また部屋中の時計を直し、そこから一日がスタート。
携帯とテレビとパソコンの時計だけは自動的に変わっていました!すばらしい♪

普通の時計の他、オーブン、炊飯器、ラジオ、ホームベーカリー、、、
全部で14~15か所くらい。
ほんと、面倒くさい!

毎年思うけど、夏時間が始まるの早すぎない!?
年間を通して夏時間が7カ月、普通の時間が5カ月ですよ。半々でいいと思うんだけど。。

スペインはヨーロッパ大陸時間を採用しているので、パリやローマなんかと同じ時間です。
でも地理的にかなり西に位置するので、太陽が遅い。。

最近ようやく朝7時は明るくなってきたので、起きるのが楽になってきたっていうのに、明日からまた真っ暗の時間に起きなければなりません。

それに引き換え夜の長いこと。。
これまでも午後6時半頃まで明るかったのに、今日からは7時半までは明るいですね。
ちなみに、今夜の日の入りは20:10です。
そして明日の夜明けは7:44。

今後は益々夜が長くなって、夜遊びにはもってこいですが、、
朝と夜のバランスが悪すぎて、体のリズムが狂います。。^^;


先週は珍しく風が強くて寒かったり、一日中雨の日もありましたが、しばらく最高気温18℃~19℃くらいの予想。
暖かい日差しが幸せです~^^
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by miepoohsuke2 | 2012-03-26 02:00 | 日常(Daily Life)

日本からの小包

先日姉が小包を送ってくれました。

周りで結構「届かないっ!!」っていう人が多いので、ヒヤヒヤしていましたが、無事に届きました。
ヨカッタ。

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「何か欲しいものある?」って聞かれたので、「じゃあ、ふりかけでも。。」
って言っただけなのに、こんなに。。
全部で4.2キロもありました。
送料も結構かかっちゃって。。^^;

でも愛情と思って、ありがたく頂きます♪

中にユニクロの袋があったので何だ!?と思って開けてみたら、
超かわいいTシャツがっ☆
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Orla Kiely と Laula Ashley とのコラボTシャツでした!!

先日、日本から戻ってくるちょうど前日にユニクロでOrla Kiely のスカーフをたまたま見つけたので、即買いしました。(お値段も990円だったし!)
その後Laula Ashley のTシャツのことはウワサで聞いていたけれど両方のTシャツが出ているとは!

さすがユニクロっ!!!

イギリスではなかなかこれを着る機会はないでしょうが(夏も寒いので)、スペインでは大活躍しそうで、今から楽しみです☆
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by miepoohsuke2 | 2012-03-18 20:39 | 日常(Daily Life)

佐藤たね屋さんの記事 EL PAIS

3月2日付、スペインの有力紙 EL PAIS に陸前高田市、佐藤たね屋さんの記事が掲載されました。

その記事はこちら

Casa Asiaのイベントで中心となって動いて下さったCさんに、友だちSちゃんと私はその記事の翻訳を依頼されました。
私のスペイン語はまだ2ヶ月程度なので、一語一句辞書で意味を調べ、文法を含めわずかな知識で頑張ってやりました。

が、、翻訳って難しいですね。実際に現地で使われてる言葉を知らないといけないし、その場所の知識もないといけなし。。

その訳はこちら↓(間違いがあってもどうか見逃して下さい!^^;)


東京の500km北東にある陸前高田の海岸には1年前は約2万4千人が住んでいた。昨年3月11日に起きたマグニチュード9.0を記録し、東日本の海岸に大打撃を与えた東日本大震災による大津波で、7万本もあった松原から生き残った木はたった一本。30mの高さにもなる瀕死の松の、木の幹は曲がり、樹幹はやせこけ、根は塩分を含んだ地面に埋もれてしまった。この木は長くはもたないと言われている。

たった一本残った孤独な松の木は、陸前高田市の希望のシンボルとなっているが、樹齢250年を誇るにも関わらず、土壌の塩類化のためにしかるべき時が迫っているようだ。

陸前高田市の松原は、300年かけて成長した森で、1年前までは海風からその土地を守り、東北地方で最も人気のある観光名所とされてきたが、今や砂や海水で水浸しになった荒れ地となり、折れ曲がった木の幹、漁業の船具の残がいが際立っている。この木のそばに建つ黄色みがかった建物は、中枢が折れて壊れているが、巨大な水の壁から唯一耐えたものである。他3,000以上の建物が根こそぎ、または完全に破壊されたのだ。

東日本太平洋岸沿岸百キロにわたり、の多くの場所が津波により破壊され、海の高さが13m(建物の5階に相当)に達したとされている。いくつかの場所では30~40mまで達したとのことだ。45の堤防が壊れ、78の橋、3,918の幹線道路が破損した。現在なお、343,000人もの人々が避難生活を送っている。政府試算によると、被害総額は建物、インフラ設備、交通機関、工場、農業・漁業の施設その他で、推定16兆9千万円(1,565億ユーロ)にのぼる。


佐藤貞一さん(57歳)は、地震が起きた時海近くの金物店にいた。津波の警報が聞こえ、彼はすぐさま500mほど内陸にある彼の店であり自宅であるその場所へ戻った。 その店で、彼は種を売っていた。 

「店に4人が残っていて、生き残ったのはポールにしがみついた1人のみだった。 
あらかじめ計画されていた各地域の避難所に避難した人々は、津波の被害で皆亡くなった。高さが十分ではなかった。」

彼はかろうじて残った少しの種とともに、家があった海近くの同じ場所でもう一度スタートする事にした。

佐藤さんは陸前高田市のグラウンドゼロの荒廃地帯の中心に居を落ち着かせた唯一の人である。 
「当局は建物の建築と水の供給を禁止したが、私は自分で缶と竹の管を使って直径20㎝ほどの井戸を掘りおこした。」佐藤さんは濁った液体を取り出しては、彼自身が作った小さな温室の野菜に与えた。

佐藤さんは、妻と一緒に車で津波から逃げることができた。 今は地域全体で何万人もの方が仮設住宅に住んでいる。 

「津波とたたかうべきだ。私は全てなくした。でも私の心には、私の全てが残っている。日本人は武士の魂を持っている。 決して諦めない。 その孤独に佇む一本の松も、それを表している。」佐藤さんは何千もの種の入った袋が整理された棚に囲まれて、そう話した。

佐藤さんは、店の外壁に、涙を流す人間の顔と、文を、かいた。


「私は、心に希望の種を蒔く。」




この訳した文章をCさんが佐藤さんにメールで送り、佐藤さんはそのお返事をすぐ下さったようで、そのお返事の内容を聞かせてくれました。
とても印象深かったので、内容だけ少し紹介したいと思います。


・今この国は政治、経済が停滞してるが、誇れる精神文化がある。それを輸出すべきだ。

・日本の多くのマスコミが佐藤さんのところへ取材に来ているが、同じ取材で、同じことを答えているにもかかわわらず、別の報道となる。例えば、武士道があるからあきらめない精神があると言うと、その話は記事にはならない。話には興味を持っていても、戦前の思想を彷彿させるので、記事には取り上げない方針があるのではないか。

・津波で土地が価値が下がっても、それで復興に困難になってもあきらめない、どんな困難にもくじけない、日本人にはそのような精神がある、涙を流しても、目はカッと見開く、と話したはずが、それは記事にはならず、むしろ、津波で土地の価格が下がってガッカリしている、といった全く話してもいない内容が記事になった。

・外国の記者は現実を純粋に見て感じ、真実をかけるのだろう。この記事も的を得ている。



日本のマスコミのあり方を大いに考えないといけない、と強く思いました。
世間が欲しがっているニュースを集め、時にでっちあげ、情報を操作するのはやめてほしい。

それと大事なのは、私たちがマスコミの報道に揺さぶられない、とらわれすぎないこと。

報道されることだけが事実ではない。隠された部分にこそ大切なことがあるかもしれない。
マスコミ報道の内容を鵜呑みにするのではなく、広い視野を持ち、様々な意見に耳を傾け、考えていく必要があると思いました。
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by miepoohsuke2 | 2012-03-16 19:07 | その他

Japón, un año después 一年後の日本

3月8日から11日までCasa Asiaで震災から一年のイベントが行われました。

(Casa Asiaは建物も素晴らしいです!)
[外観]
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[入口]
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[エントランスホール]
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8日は国際シンポジウム。
招待された専門の方々しか入れませんでした。
陸前高田市の副市長さんもスカイプで登場されるとのことで、是非聴きたかったのですが。。

夕方からは一般向けに講演(パネルディスカッション方式)が開かれたのでそれを聴きに行きました。
聴衆はスペイン人がほとんどでしたが、パネラーは3人が日本人だったので、スペイン語と英語の同時通訳が入っていました。
私もイヤホンを借りれたのでスペイン語から英語に通訳されるのを聞きましたが、スペイン語も耳に入るし、テンポがずれて聞こえてくる英語に集中できず、なんだか聞きとりづらかったです。

日本人のパネラーは、海外の大学の教授2名と、NHKの女性の方1名でした。
NHKの女性の話す英語がとってもきれいで聞きとりやすく、また話しもまとまっているし、テンポもよくてとても素敵でした。

内容は、昼間に話し合われた内容をまとめてそれぞれが発表し、その後質疑応答、という形でした。
スペイン人からの質問はやっぱり原発関連が多かったです。(特に反感を持っている、とかそういう雰囲気ではなかったです)


10日(土)は地元カタラン​の子どもたち向けのイベントがあり、この日はボランティ​アとしてちょっとだけお手伝いさせてもらいました。

この日はCasaAsiaで働いている方が、スライドを使って地震にまつわる伝説や、陸​前高田氏でたね屋さんとして働く佐藤さんの話しを聞かせてくれました。

佐藤さんは日本人​が頑張る根底には「武士道」の精神がある、とおっしゃっています。
その話を聞いて、なるほど確かにそうかも。ってうなずきました。
(スペイン語での説明だったので、理解するのは無理でしたが、日本語で要約された紙があったので助かりました^^)

その後、本物の刀登場!
錬士、加川さんによる武士道精神​のお話と実際に刀を振って見せてくれました。
(ここはスペイン語オンリーだった為、内容わからず。。)

次に、バルセロナにある日本人小学校の児童による太鼓やピアニカなどの発​表、プロのピアニスト、バイオリニストによる演奏、最後​に日本語を学ぶ学生による歌、と 盛りだくさんでした。
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その後、別の部屋に移り、折り紙教室とメッセージ書きを​行いました。
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150人以上集まり、子どもも大人も真剣に聞いてくれて​いたように思います。

私の役割は受付でバッチや資料を手渡すのと募金集めでしたが、会場を後にする際、たくさんの方が募金に立ち寄ってくれました。

遠く離れた場所からもこうして思いを寄せてくれているこ​とに心から感謝します。
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by miepoohsuke2 | 2012-03-16 17:55 | 日常(Daily Life)